2.6 集団間の偏見は自然の摂理
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進化論的アプローチを用いて研究
最近の研究は以下の3つの方向に着目している
恐怖、攻撃、そして民族間の敵意
集団間脅威が存在する場合、男性と女性は神経生理学的に異なる反応を示し、そして心理的反応もそれぞれ違うと考えられている
進化の視点から妊娠、免疫、内集団びいき、そして集団間に存在する偏見の違いを調べた 2006年に発表された研究では、妊娠の最初の3ヶ月の間、女性は内集団のメンバーに対する選好が強いことや、病気の脅威が存在する場合により内集団びいきをすることが報告された
バーチャル世界における道徳的判断と行動
道徳問題はしばしば食料や性、死などの話題と関連する
これまでの研究では倫理的な理由から、現実生活においての行動または仮想場面を用いてきた。
しかし最近では現実世界をバーチャルで再現する技術(immersive virtual environment technology: IVET)が注目されるようになり、人工的3D環境の中で道徳的判断や行動の研究を行うことができるようになった
この方法を用いることで、より現実味のある環境を作り出せると同時に、心理的な圧力が持続的に存在することがなくなった
ナバレテの重要な仕事の一つは、過去の道徳研究実験のパラダイムをバーチャル環境に適用して研究を行うことにある
少数派集団が社会において成功を獲得しにくい減少に関して、これまで様々な説明がされてきた
一つは社会文化的な観点から、社会的地位が低い少数派集団は社会の主流的な規範に反する行動原理を取ることがあり、社会の流動性などを阻害するような自傷的な行動を取りやすいとされている
合理的行動の観点からは、少数派集団に所属している人は、自分の現在の生活に基づいて将来への期待と目標を形成し、その目標に老いうじて合理的な行動戦略を取っていると考えられる
学校から中退することや、貯金しないこと、早い時期に結婚し子育てすることなどといった行動は、将来の不確実性と時間割引の戦略を反映している可能性がある
ナバレテはこれら二つの観点を結合させることによって、少数派集団の社会的成功問題を説明しょうと試みている
私について
自然科学の視点を持って人間の社会現象を扱う科学者だと思っている
社会現象を生み出す心理システムを自然現象の一部としてみなし、研究することができると信じている
私の興味はいくつかの広いテーマに対して、どのように心が働くのかを説明すること
例えば、一見すると公平・公正であると思われる人間が、どのようにして非常に原始的な性質も持ち合わせているのかを調べること
私の研究の枠組みとは、集団内の協力や集団間の葛藤を生み出す心理メカニズムが、病気を回避する、集団行動を追求する、配偶相手を求めて争うといった課題とどのように関連し、生み出されるのかを追求すること、と言い表すことができる
私の研究活動ではこれらのプロセスをつなぐ意思決定のルールや、そうしたルールがどのようにして規範的な信念、内臓的直観、道徳的な直観としてヒトの心に表象されるかを探っている
私は、人種差別主義が適応的に進化したヒトの心理特性ではないと強く確信している
ある特性が適応の産物であると考えられるのは、それがその生物の進化史を通じて何らかの機能的意義を十分に長い間保っており、そのため自然淘汰によって形成されてきた場合に限られる
ヒトが自分とは異なる人種と頻繁に接触するようになったのは(進化的に言って)最近のこと(Stringer & Mckie, 1997)
したがって、人種的にバイアスがかかった認知、態度、行動を生み出すようなヒトの心理システムを自然淘汰が形成したとは考えられない
それよりもありそうなのは、心が他の集団と比べて自身の社会集団の心的表象を歪ませ、その結果、この生得的な内集団びいきが副産物として人種的偏見を生み出すということ こうしたバイアスがかかった心的表象は、互恵性、協調、共有された規範に従って社会関係を適応的に維持させる
ただし、そこに人種は含まれない
人種差別主義の心理的起源やその維持のメカニズムを進化の視点から理解しようとすることに意味がないわけではない
ヒトの心理に対する進化的なアプローチは、進化的な適応として説明するのが妥当な心の特徴に限らず、適応の副産物と考えられる特徴にも視野を広げている
したがって、心理学的構成概念としての人種差別主義を、進化史において繰り返し直面してきた適応課題を考慮に入れて検討し、ヒトの認知、態度、感情、行動についての検証可能な仮説を当てはめて考えるのは、有意義なことだと言える(Tooby & Cosmides, 1992)
適応論アプローチの鍵となるのは、自分や他人に対するヒトの考えの背後にある心理システムが、機能的な目的のために存在するという考え方
ヒトの心理は社会生活上の問題を解決するためにある
いくつかの問題は進化史の中の過去に特有の問題
例えば、食料を探すこと
進化的な過去の問題の多くは、今現在にも関係している
配偶者を見つけること
友達を作ること
危険を避けること等
そうした問題の中には、例えば言語の獲得のように、ヒトのみが直面する問題もあるが、私の研究は主として他の種にも広く当てはまる適応問題に注目する
自身の配偶者を選び、守ること
伝染病を媒介する動物や昆虫を避けること
敵対者との葛藤に対処すること
資源へのアクセスを獲得し維持すること
これら別個の問題に対する機能的な解決法は、個人の強みと弱み、そして個人の性別によって異なる戦略を必要とするだろう
人種的・民族的偏見の心理メカニズムについて仮説検証を行う研究では、人々が自分自身の所属集団ではない他の社会集団(以後、外集団と呼ぶ)の人々と相互作用する機会に直面したときに生じる問題を考慮する事が重要 集団間バイアスは我々の進化史に深く根ざした複雑な現象であり、偏見や差別を行う主体に対して、何らかの機能的な成果をもたらし得ると認識することが理解の鍵となる
外集団に対するバイアスのかかった考えや感情はあるレベルに置いて、そうした偏見を持っている男女の適応度を高める行動的な戦略を反映している
個人差と偏見
私は外集団に対する偏見をもたらす心理は男性と女性で根本的に異なるということを研究してきた 私のアプローチは、外集団の男性に対処する際の問題を考慮し、そうした問題が知覚する側の機能的・性別特異的な心理とどう関連しているのかを検証している
女性にとって繁殖上の選択権を維持することは生物学的に非常に重要であるため、見知らぬ男性からの強制あるいは支配の脅威をどれだけ自覚しているかが、女性が外集団に属する人物にどのように対処するかを決める、重要な特徴となると私は考える
そして、同性間の争いは男性において最も激しいので(Daly & Wilson, 1988)、外集団に属する人物に対する反応は、攻撃や支配の争いに特徴づけられると予測される
この観点は、男性も女性も、外集団の女性よりも外集団の男性に対してより偏見を抱くという予測を生み出す
しかし、男性においては攻撃手な支配、女性においては恐怖に基づく回避を基調とした、それぞれ異なる心理的特性、状態、行動傾向が生じるとも予測される
外集団メンバーと関連づけられた恐怖の消去
学習された恐怖は、対象が自然界の存在する危険(例えば捕食者)のときのほうが自然化に存在しない危険(例えば電気コード)のときよりも消去されにくいことが知られている これに基づき、私は人種的外集団の男性に対する条件づけられた恐怖は消去されにくく、対照的に外集団の女性や内集団の男性および女性に対する条件づけられた恐怖はいずれも容易に消去されることを示した(Navarrete, Olsson, Ho, Mendes, Thomsen, & Sidanius, 2009)
これに加え、消去におけるバイアスは、性別によって異なる個人差変数とも関連する
女性参加者では恐怖が消去の効果を予測するが、男性では攻撃性と社会的優越志向性の組み合わせがその効果を予測している(Navarrete, McDonald, Molina, & Sidanius, 2010)
私の研究室では最近、この結果がどういう条件で生じ、どういう条件では生じないのか、その境界条件を探るために、社会的カテゴリーにおける最小の条件で定義される集団(最小条件集団)を用いて条件づけの実験を行っている
最近行った実験の予備的な分析では、消去におけるバイアスの効果は人種的な違いで定義される集団間の文脈に限らず、特に男性において最小条件集団パラダイムでも生じることが発見されている
月経周期における妊娠リスクと人種バイアス
外集団の男性に対するネガティブな反応は、強制のコストが最も高い時期の女性、すなわち、月経周期の中で妊娠のリスクが高い時期にある女性において強くなると予測される
私は妊娠のリスクが高くなるほど、いくつかの明示的あるいは暗示的な反黒人的人種偏見の指標の数値が高くなるという関連を発見した(Navarrete, Fessler, Santos Fleischman, & Geyer, 2009)
さらに、性行為の強制に対し無防備だと感じる度合いが強いほど人種的偏見が強まること、さらに強制に対し無防備だという自覚と妊娠リスクとの交互作用が、人種的偏見の最も強力な予測因子であることもわかった
こうした研究の成果が現実社会に意味のある貢献ができることを示した例
私の共同研究者は、2008年11月の大統領選挙における投票先の好みが、その人の性別や人種カテゴリー、月経周期における妊娠リスクの相互関係によってどのように説明できるのかを検証した
アメリカの有権者サンプルを幅広く調べた結果、バラク・オバマは黒人男性としてのステレオタイプに反する存在であったため、多くの人々は無意識的に彼のことを黒人というよりも白人として知覚していた
重要なのは、この知覚上のバイアスが女性の妊娠リスクの変化の関数として、女性有権者の投票相手の好みを予測したこと
つまり、女性がオバマのことを白人とみなし、かつ、妊娠リスクが高い場合に、オバマに対する女性有権者の好みが上昇していた
しかし、高い妊娠リスクは、オバマを黒人として知覚している場合には、彼への支持を低下させた(Navarrete, Mott, Cesario, McDonald, & Sapolsky, 2010)
現在そして将来の研究ーー道徳性
偏見や差別をもたらす評価、情動反応、意思決定のプロセスは集団間の文脈に固有の特徴を持っているが、類似したプロセスは本質的には集団内の文脈における行動の一因ともなる
重要なことは、洋の東西を問わず伝統的哲学や様々な文化の道徳体系において、集団規範が道徳判断に関連するプロセスを含めた社会的認知の出発点であり、集団間関係はその中で確立された前提や原則に対して複雑さを加えるものだということ
補足的な研究プロジェクトとして、バーチャルリアリティ技術という新しく効果的な実験ツールを導入し、道徳判断や行動を形成する要因を探求している
この方法により、生と死のジレンマの状況で、判断や行動に影響するヒトの心や体のプロセスをリアルタイムで検証することができる
多くの哲学者は古典的なトロッコ問題のように、全体の利益のために機械的に一人の人間を死なせることは道徳的に許されると考えてきた しかし、多くの命を救うためには直接的に手を下して一人の人間を殺さなくてはならないシナリオでは、そうした功利主義に基づく殺人を大抵の人は道徳的に間違っていると判断する
殺すことは悪であるという純粋な絶対的道徳でも、全体利益の最大化という純然たる功利主義的計算でも、二つの状況の一方が道徳的に許され、他方は許されないという直観を説明することはできない
近年、心理学者は正邪の判断が道徳感情によって心理的に媒介される過程を解明してきた
そうした抽象的な道徳判断をもたらすプロセスと、現実世界における加害行動をもたらすプロセスが実際に同じものなのかはほとんど知られていない
さらにはどんな状況であれば、人は功利主義に基づき、進んで他者に直接的に危害を加えるのかもわかっていない
私の研究室ではこうした疑問を検証するために、3Dの仮想現実環境において道徳ジレンマを呈示する行動実験を開始した
目的
なぜ道徳論を説く哲学者も一般人も、一見したところ矛盾した道徳判断を行うのかを明らかにすること
道徳ジレンマの構造におけるどういった特徴が人々の判断に影響するのかを正確に特定すること
そうした特徴が自律神経系の反応として現れる神経生理的活動によって媒介される過程を検証すること
人々が自身の行為の根底にある原理に対してどのくらい意識的なのかを検証すること
実験参加者あるいはシミュレーションにおける犠牲者を集団や性別にカテゴライズすることによって、人々の道徳判断や行為がどの程度変化するのかを検証すること
シミュレーションではよく知られた哲学の思考実験を再現した
多くの人を救うために一人の人間の命を奪うかどうかを決断しなければならない
そのフィードバックとして、現実の緊急事態で生じると思われる、苦しむ人々の生々しい音声や映像が呈示される
古典的なトロッコ問題を呈示した最初の実験の結果、大多数の実験参加者は道徳的な功利主義者として行動した
5人の命を救うために1人を死に至らしめる行為をする
その行為を行えば1人の命と引き換えに5人の命が犠牲になるような行為を差し控える
功利主義的な結果を得るために積極的な行動が必要な場合に、自律神経系はより活性化し、覚醒度が高まるほど、功利主義的な行動が減っていった
興味深いことに、性格、人種、そして社会階層の影響は見られなかった
我々の研究によって少なくとも一つの古典的なジレンマ状況において、道徳的判断と行動は一貫し、そのパターンは所属集団とは独立に決まるということが明らかとなった
これらの知見は、反応を文化的に学習するのが困難な領域において抽象的推論を行う場合、人々は自身の持つ原始的なバイアスにとらわれず、自主的に考えることができることを示している
過去の研究との結びつき
私の研究は集団間の文脈における様々な脅威が、認知、知覚、態度、生理反応にどう影響するのかを明らかにするという、とても幅広いものとなっている
フェスラーと一緒に行った初期の研究では、進化的に獲得された心理システムが特定の文化的情報、例えばイデオロギー的信念をどのように処理し、どのようにし規範的に固執するようなバイアスを生み出すのかを研究した
規範的信念は、集団への帰属を示す重要な印であり、加えて環境に柔軟に適応するための重要な情報源となるため、人々は脅威や不確実性に直面すると、内集団の規範を定めようと動機づけられる
内集団の規範の中に、社会的外集団の成員に対する否定的または軽蔑的な信念や態度が含まれる限りにおいて、少なくとも一部の人々に対しては、そうした脅威が集団間バイアスを高める影響を持っている
私と共同研究者は、6つの研究論文で、アメリカの学部学生やコスタリカの農村住民において、内集団と外集団の人物の好感度の差は、死の顕現化、資源の窃盗、社会的孤立を要因として拡大することを示した(Navarrete, 2005; Navarrete, Kurzban, Fessler, & Kirkpatrick, 2004)
さらに二つの論文では、病気感染の脅威が存在する場合、社会的サポートを求める欲求と関連して自民族中心主義的なバイアスが高まることを示した(Navarrete & Fessler, 2006)
別の研究では、妊娠中の女性が妊娠していない女性よりも強くアメリカびいきのバイアスを示し、さらに、妊婦の中でも病気感染リスクの高い妊娠第一期目の女性は、妊娠第二期や第三期の女性よりも強くアメリカびいきのバイアスを示した(Navarrete, Fessler, & Eng, 2007)
大学院生になって間もないうちから、幸運にも現在の研究と関連するような様々なプロジェクトに参加する機会があった
カリフォルニア大学ロサンゼルス校のジョー・マンソン(Joe Manson)、スーザン・ペリー(Susan Perry)、ジョーン・シルク(Joan Silk)とともに行った、霊長類の地位や互恵性、連合形成の研究(Manson, Navarrete, Silk, & Perry, 2004) フェスラーとともに行った、チンパンジーの生活史における妊娠への資源投資パターンの研究(Fessler & Navarrete, 2005) 現在の研究と関連しているものでは、嫌悪感情がどのように道徳的なタブーや病気感染の回避、集団規範、セクシャリティ、そして道徳判断と関連しているのかに関する共同研究を挙げることができる(Fessler & Navarrete, 2003a, 2003b)
まとめと将来の方向性
多くの進化的社会科学者は、様々な領域の重要な現象の解明を期待させる理論的ツールを発展させてきた
しかし、彼らの実証研究には、どのようなメカニズムで結果としてその行動が生じたのか、十分に理解せずに行われたものが多すぎる
より総合的な適応論的アプローチでは、自然淘汰と性淘汰の原理を厳密に適用して心理学における問いを立てつつ、心理システムは適応的柔軟性を備えた複数の情報処理機構から構成されるとみなす
このような見方が、社会科学における進化的アプローチと社会文化的アプローチの統合の鍵となる
この意味において、心理学は自然科学と社会科学の橋渡しをする上で欠かせない存在
行動の基盤をなす力学的プロセスの解明に重きをおいてきたことこそ、心理学の最大の強みだから
私は研究の中で、行動科学分野全般に適用できる理論や原理、概念を用いて、社会心理学とその関連領域とを結びつけようとしてきた
その中で用いた手法は、オンラインアンケート、内容分析、潜在反応時間測定課題、知覚バイアス課題、生理指標の測定、仮想現実技術、行動観察など
自然科学モデルに倣って理論と研究を統合することは、心理学や他の社会科学分野を真の科学の営みの一部として組み込むために、決定的に重要なものとなる
自然科学における卓越した研究プログラムとは、研究課題を深く掘り下げて関連するメカニズムの細部まで性格に理解すること、大胆な主張をする前に結果を追試すること、といったこと